撫順戦犯管理所

6月 5, 2012 · Posted in 撫順市の平和史跡史料館 

IMGP0637 撫順戦犯管理所は、撫順市順城区にあった戦犯管理所です。敷地面積は2万㎡余りです。

撫順戦犯管理所の前身は、日本侵略者が中国の愛国軍民を収監するために1936年に建てた撫順監獄でした。新中国建国後の1950年7月から1975年3月までに戦犯管理所に改造され、ソ連より日本人戦犯982名と偽満州国の戦犯71名を引き渡された。その後、また国民党戦犯354名も収容し、改造しました。

毛沢東中国共産党出席また周恩来中華人民共和国政務院(後の国務院)総理の思いやりある配慮のもと、戦犯改造に携わる職員全員が戦犯改造に関する政策方針を真剣に実行し、長年にわたる辛抱強い努力の末、戦犯を罪悪の深い淵から抜け出させました。かつて「鬼」であった人間が侵略戦争に反対し、世界平和を推進する新しい人間へと再生し、ここに世界の戦犯管理の歴史における「撫順の奇跡」を創り出しました。

IMGP0626 戦犯の中で愛新覚羅溥儀が最も有名で、有名な映画「ラスト・エンペラー」は、かつてここで撮影された。日本人戦犯は、1964年迄に帰国し中国帰還者連絡会を結成しました。1986年に観光地として一般開放しました。2006年に撫順戦犯管理所旧址として、中華人民共和国全国重点文物保護単位に登録されました。2008年4月から遼寧省が全面修繕工事をして2010年6月20日にリニューアルオープンしました。2000㎡の現代的な陳列館を新しく開放し、「改造日本戦犯陳列館」と「改造末代皇帝専題展(ラスト・エンペラー改造専門展)」などを増設されました。

IMGP0631 主な収容者

  • 愛新覚羅溥儀、愛新覚羅毓セン、張景恵、張煥相
  • 武部六蔵(国務院総務庁長官)、古海忠之(国務院総務庁次長)、今吉均(満州国警察総局警務処長)、柏葉勇一(撫順警察局長)、斉藤美夫(満州国憲兵訓練所長少将)、富永順太郎(日本特務華北交通防衛本部、いわゆる富永機関)、鈴木啓久、藤田茂、佐々真之助、金子安次

IMGP0634関連項目

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