旅顺日俄监狱旧址(旅順日露監獄の旧跡)

6月 25, 2012 · Posted in 大連市・旅順の平和史跡資料館 

画像 025 旅顺日俄监狱旧址(旅順日露監獄の旧跡)は中国遼寧省大連市旅順口区向陽街139号に位置しています。

この監獄は1902年に帝政ロシアが始めて建てました。1907年に日本は拡大させました。

監獄の塀内は敷地面積の2.6万平方メートルで、各種の牢獄が275室があります。同時に2000人余りを拘禁することができます。そのほか、検身室、拷問室、絞首刑室と15の作業場があります。
監獄の塀の外には拘禁者が苦役したかまど、営林場、果樹園、野菜畑などがあります。

画像 026 多くの中国と朝鮮、日本、ロシア、エジプトなどの国の人民がかつてここに拘禁されて虐殺されました。この二つの帝国主義の国が相前後して第三国に建築したこの監獄が、帝国列強が中国を侵略と反人類的な動かぬ証拠です。その野蛮と残忍さは世界でも希にみるものです。

1945年8月にソ連紅軍は旅順に進駐してこの監獄は解体しました。1971年7月にこの刑務所の旧跡が修復されて、陳列館として一般開放しました。

画像 027 安重根(1879――1910),朝鮮愛国志士。1909年11月3日からここにに拘禁され、刑務所の中で、《東洋平和論》などを書きました。1910年3月26日に安重根が民族服装にて絞首刑で処刑されました。享年がただ31歳でした。

画像 029 申采浩(1880――1936),1907年「新民会」に参加。1910年から中国の東北に亡命しました。1923年『朝鮮革命宣言』を執筆しました。1928年に逮捕されて、1930年からここに拘禁されて1936年病死しました。

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