天津「在日殉难烈士•劳工纪念馆」

5月 4, 2012 · Posted in 天津の平和史跡史料館 

2006年8月18日に「在日殉难烈士·劳工纪念馆」新館のオープン式は天津市烈士の陵墓園で開催。劳工生存者、その遺族の代表、日本の華僑、日本各界の方々、中国全国中日友好協会のメンバと天津市の代表計4百人余りが開館式に参加した。

日本衆議院前議長土井多賀子率いる日中友好協会、アジア人権基金理事会、日本中国人強制連行考える会、日本銘心会、NPO花岡平和記念会など百数人の日本の友人が臨席した。

調査によると、中国侵略戦争の末期で、日本国内労働力が深刻に不足となり、労働力補充するため、日軍が中国国内で大量労働者を捕まえて、“満州国”と日本に強制連行した。そして北京、天津、青島、石家荘、済南などで労働者の収容所を設立した。

1943年-1945年の間、日本は中国から4万1千名余りの労働者を35の部門の135の場所で鉱山採掘や、洞穴を切り開く、車と船を積み卸し、川掘り、道路を作るなどの肉体重労働に強制的に従事させた。2年間足らずで、6830人が命落とされ、6778名がけがした。

「在日殉难烈士·劳工纪念馆」は早く1955年6月に始めて作られ、1971年天津水上公園へ移った。2005年に天津市政府は「天津市烈士陵園」を再建することを決定し、「天津市烈士陵園」内に、「在日殉难烈士·劳工纪念馆」新館を作ることにした。現在の「天津市烈士陵園」面積が100ムー近く、建築面積は8000平方メートル。その中にある「在日殉难烈士·劳工纪念馆」建築面積は1352平方メートルがあり、2階に分かれる。一階は「骨灰館」、骨灰の2316箱を保管、展示している。2階は「展示館」で、《东瀛血泪——中国劳工在日本》のテーマで、史料多く展示している。

 

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